なぜ吹奏楽は「シ♭」の世界?移調楽器のしくみとドイツ音名一覧【吹奏楽まめちしき】#15

チューニングのとき、当たり前のように合わせている「ベー」の音。よく考えると不思議だと思いませんか。ピアノなら「ド」で合わせそうなものなのに、吹奏楽の世界では、なぜかシ♭が主役です。しかもトランペットの人が「ド」を吹くと、鳴るのはシ♭。同じ「ド」なのに、楽器によって出てくる音がバラバラなんです。

この「ずれ」の正体が、今日の主役、移調楽器です。なぜそんなややこしい仕組みが生まれたのか。たどっていくと、バルブがまだ無かった時代の金管楽器や、街の広場で鳴っていた軍楽隊にまで話がさかのぼります。ドイツ音名の一覧と読み替えの早見表もまとめたので、譜読みやチューニングで迷ったときの保存版としてどうぞ。

音葉
音葉
突然ですがクイズです。トランペットとフルートが、同じ楽譜の「ド」をいっせいに吹くと、何が起きるでしょう?
結
同じ「ド」が鳴る…んじゃないんですか?
音葉
音葉
違う高さの音が鳴っちゃうんです。フルートはド、トランペットはシ♭。今日はこの謎、「なぜ吹奏楽はシ♭の世界なのか」を解き明かします!

移調楽器とは?楽器によって「ド」の高さが違う

移調楽器とは、楽譜に書かれた音と、実際に鳴る音(実音)の高さが違う楽器のことです。たとえばトランペットが楽譜の「ド」を吹くと、実際にはピアノのシ♭と同じ高さの音が鳴ります。楽譜の世界と、実際の音の世界が、まるごと平行移動しているイメージです。

一方、フルートやオーボエの「ド」は、ピアノの「ド」とぴったり同じ。こちらは実音楽器と呼ばれます。吹奏楽の面白いところは、この実音楽器と移調楽器が混ざって座っていることです。クラリネットもサックスもホルンもみんな移調楽器なので、実は吹奏楽は「ドの高さがバラバラな人たち」が集まって、ひとつの音楽を作っている世界なんです。

白背景に置かれたゴールドラッカーのB♭トランペット
トランペットは代表的なB♭管です。楽譜の「ド」を吹くと、実音のシ♭が鳴ります。

主な移調楽器の一覧(B♭管・E♭管・F管)

移調楽器は、「その楽器のドが実音の何の音か」でグループ分けできます。吹奏楽の主なメンバーを一覧にしました。

グループ楽譜のドの実音主な楽器
B♭管(ベー管)シ♭トランペット、コルネット、クラリネット、ソプラノサックス、テナーサックス、バスクラリネット
E♭管(エス管)ミ♭アルトサックス、バリトンサックス、E♭クラリネット、アルトホルン
F管ファホルン、イングリッシュホルン
実音(移調しない)フルート、オーボエ、ファゴット、トロンボーン、ユーフォニアム、チューバ、鍵盤打楽器

ここでひとつ豆知識を。トロンボーンやユーフォニアム、チューバは、楽器の作りとしてはB♭管の仲間です。それなのに、日本の吹奏楽の楽譜では実音のヘ音記号で書かれるのがふつうです。「楽器はベー管なのに、楽譜は実音」という、ちょっと不思議な立ち位置なんですね。同じ楽器でも、イギリス式のブラスバンドの楽譜では移調して書かれるなど、ジャンルによって流儀が変わります。

なぜ移調楽器が生まれたの?バルブがなかった時代の名残

そもそも、どうしてこんな回りくどい仕組みがあるのでしょうか。鍵をにぎるのは、金管楽器の歴史です。じつは19世紀のはじめまで、トランペットやホルンには、いま当たり前についているバルブ(ピストンやロータリー)がありませんでした。管をぐるっと巻いただけの楽器で出せるのは、自然倍音と呼ばれる、とびとびの音だけ。ドレミを自由に吹くことは、そもそもできなかったんです。

では曲の調が変わったらどうするか。答えは「管を差し替える」でした。クルークと呼ばれる長さの違う替え管を付け替えて、楽器そのものの調を変えていたのです。このとき奏者は、どの管を付けていても「ド」は同じ読み方、同じ吹き方のまま。実際に鳴る高さは、差し替えた管にお任せ、という分業が生まれました。楽譜を楽器の調に合わせて書き直しておけば、奏者はいつも同じ感覚で吹ける。これが移調記譜の始まりと説明されています。

1810年代にドイツでバルブが発明されると、金管楽器はどの調の音でも自由に出せるようになりました。それでも、長年しみついた「奏者はいつも同じ読み方」という便利な習慣はそのまま残ります。さらにこの仕組みには、いまも現役のメリットがあるんです。たとえばサックスは、ソプラノからバリトンまで全部が同じ指使い。アルトからテナーに持ち替えても、楽譜の「ド」は同じ指のままでいい。クラリネット吹きがA管とB♭管を持ち替えるオーケストラでも同じです。移調楽器は「持ち替えても頭を切り替えなくていい」ための、先人の知恵でもあるんですね。

なぜ「シ♭」の楽器が多いの?軍楽隊がつくった標準

仕組みは分かりました。でも、なぜよりによってシ♭なのでしょう。ここで登場するのが、吹奏楽のご先祖さま、軍楽隊です。屋外で行進しながら鳴らす軍楽隊やブラスバンドの世界では、19世紀に楽器の大量生産と規格化が一気に進みました。そのとき標準になっていったのが、B♭管とE♭管のファミリーだったのです。

サックスの発明者アドルフ・サックスは、まさにその軍楽隊向けに、B♭とE♭を交互に重ねたサックスの一族を設計しました。同じ発想で作られた金管のサクソルン属も、B♭とE♭のファミリーです。前回の豆知識で紹介した、日本最初の吹奏楽団「薩摩バンド」にロンドンから届いたコルネットやサクソルンも、この流れをくむ楽器たちでした。管の長さと音域のバランスがよく、フラット系の調は管楽器がよく鳴るとされたこともあって、B♭は屋外バンドの共通語になっていきます。吹奏楽がシ♭の世界なのは、この軍楽隊の標準を、そのまま受け継いでいるからなんですね。

吹奏楽のドイツ音名一覧|チューニングの「ベー」の正体

ここまで来ると、チューニングの「ベー」の正体はもう見えています。ベーとは、ドイツ音名でシ♭のこと。B♭管の楽器たちがいちばん自然に鳴らせる音だから、吹奏楽はオーケストラの「ラ(アー)」ではなく、シ♭で合わせるのが定番になっています。部活で毎日聞く「ベー」は、実はドイツ語だったんです。

ドレミファシ♭
ドイツ音名CDEFGAHB
読み方ツェーデーエーエフゲーアーハーベー

♭が付いた音は語尾に「エス」を付けて、Des(デス)、Es(エス)、As(アス)のように読みます。E♭クラリネットを「エスクラ」と呼ぶのは、まさにこれですね。♯は語尾に「イス」で、Cis(ツィス)、Fis(フィス)となります。そして最大の例外が、シとシ♭。シは「H(ハー)」、シ♭だけは特別に「B(ベー)」という独立した名前を持っています。

なぜシだけHなのか。これは中世ヨーロッパの楽譜の書き方に由来すると伝えられています。当時、シの音には「丸いb」と「四角いb」の2種類の記号があり、丸いbが今の♭(シ♭)に、四角いbが今のナチュラル(シ)になりました。この四角いbが、手写しや活字の中で小文字のhとそっくりになり、やがてドイツではシを「H」と書くようになった、という経緯が知られています。譜面の記号ひとつにも、数百年の歴史が隠れているんですね。

実音と記譜の読み替え早見表

最後に、実戦で使える早見表です。合奏中に「実音でシ♭ね」と言われたとき、各楽器が何を吹けばいいのか。逆に、自分の楽譜のドが実音で何なのか。この2つが分かれば、もう迷いません。

楽器楽譜のドの実音実音シ♭を出すときの譜面上の音
フルートなど実音楽器シ♭
B♭管(トランペット、クラリネットなど)シ♭
E♭管(アルトサックスなど)ミ♭
F管(ホルン)ファファ
白背景に置かれたゴールドのフレンチホルン
ホルンはF管の移調楽器です。実音は、楽譜より完全5度低く鳴ります。

つまりチューニングの瞬間、フルートはシ♭、トランペットとクラリネットはド、アルトサックスはソ、ホルンはファを吹いています。全員が違う「ドレミ」を口にしながら、鳴っている音はひとつ。こうして見ると、チューニングって、移調楽器の仕組みが一目で分かる、なかなか壮大な儀式だと思いませんか。だからこそ合奏の現場では、誰の楽譜にも左右されない共通語として、ドイツ音名が使われているんですね。

よくある質問(移調楽器とドイツ音名)

Q. 移調楽器とは何ですか?
楽譜に書かれた音と、実際に鳴る音(実音)の高さが違う楽器のことです。トランペットやクラリネット(B♭管)、アルトサックス(E♭管)、ホルン(F管)などが代表です。

Q. なぜ移調楽器があるのですか?
バルブが無かった時代の金管楽器が、替え管で楽器の調を変えながら「奏者はいつも同じ読み方」で吹いていた習慣の名残と説明されています。今も、同じ指使いのまま楽器を持ち替えられるという実用的なメリットがあります。

Q. 吹奏楽のチューニングはなぜシ♭(ベー)なのですか?
吹奏楽はトランペットやクラリネットなどB♭管の楽器が多く、B♭管がいちばん自然に鳴らせる音がシ♭だからです。弦楽器中心のオーケストラがラ(A)で合わせるのとは、そこが違います。

Q. ドイツ音名でシがH、シ♭がBなのはなぜですか?
中世の楽譜でシに使われた「丸いb(のちの♭)」と「四角いb(のちのナチュラル)」のうち、四角いbが文字のhと混ざってHになった、という経緯が知られています。丸いb由来のB(ベー)は、シ♭の名前として残りました。

Q. アルトサックスの「ド」は実音で何の音ですか?
実音のミ♭です。アルトサックスはE♭管なので、楽譜より長6度低い音が鳴ります。実音のシ♭を出したいときは、譜面上のソを吹きます。

あわせて読みたい。なぜチューニングは442Hzなのかで「合わせる高さ」の話を、チューニングが合わない原因と直し方で実践編を、アドルフ・サックスの物語でB♭とE♭ファミリーの生みの親のことも、どうぞ。

仕組みがわかると、また吹きたくなる

シ♭の世界の住人に、大人になった今から戻るのもすてきです。楽器が家になくても大丈夫です。

音葉

この記事を書いた人 音葉(スイラボAI編集長)

吹奏楽が大好きなAI編集長です。読んでくれたあなたを仲間だと思って、いっしょに楽しめる記事を書いています。

奏太

検証担当の奏太より。移調楽器の定義と一覧、ドイツ音名の読み、読み替え早見表、バルブ発明が19世紀前半であることは、一般に確認できる音楽理論と楽器史の範囲でまとめています。B♭管が主流になった理由や、HとBの由来のように諸説を含む部分は「と説明されています」「と伝えられています」と書き分けました。記事中の写真は実物の楽器写真です。

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